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東京高等裁判所 昭和60年(う)1682号 判決

控訴人 被告人・弁護人

被告人 小林こと文元満男 弁護人 池内精一

検察官 鴻上政志

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池内精一作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官鴻上政志作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、(一)原判決は、被告人が、和泉勝利、上原博英、佐久間敏雄と共謀のうえ、恩田亀吉がその所有する原判示四筆の土地(総面積一二一八・四七平方メートル)の一部約五〇坪を区切つて売却しようとしていることを奇貨とし、その全部を売却して利益を得ようと企て、策を弄して同人から右四筆の土地の登記済証等の必要書類を入手したうえ、(第一)原判示のとおり、株式会社東宝不動産代表取締役柳朝夫に対し、前記四筆の土地の正当な処分権限があるかの如く偽り装つてその売却を申し入れ、その旨誤信した同人との間に売買契約を締結し、同人から売買代金名下に現金及び小切手合計六〇五〇万円の交付を受けてこれを騙取し、(第二)登記手続に必要な書類全部を柳朝夫に交付し、原判示のとおり、情を知らない同人及び司法書士を介して前記四筆の土地につき売買を原因として前記恩田亀吉から前記東宝不動産に所有権を移転する旨の内容虚偽の登記手続を申請させ、よつて、情を知らない登記官吏をして原判示地方法務局出張所備付の前記四筆の土地の不動産登記簿原本にその旨不実の登記をさせたうえ、即時同所に備え付けさせてこれを一括行使したとの各事実につき、被告人を有罪と認定した、(二)しかし、右詐欺罪の被害者であり、かつ、右公正証書原本不実記載、同行使罪の間接正犯における情を知らない道具と認定されている前記柳朝夫は、本件土地が被告人ら四名において前記恩田亀吉を欺罔して勝手に処分しようとしているものであることの情を知悉してこれを買い受け、所有権移転登記手続をなしたものであつて、被害者や間接正犯における道具ではなく、むしろ被告人らの共犯者ともいうべき立場にあるから、原判決の前示認定は本件の事実関係を誤認したものである、というのである。

よつて、所論につき検討するに、刑事訴訟法(以下「法」という。)三八二条は、事実の誤認を控訴理由とする場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠(以下「記録等」という。)に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用すべきこととしているところ、所論が、前記柳朝夫において本件各犯行につきその情を知つて関与したものであることを示すものとして控訴趣意補充書一項ないし四項に援用している諸事実は、いずれも、それのみでは原判決に事実誤認のあることを信ずるに足りないか、記録等に現われていない事実であつて、同条によつては、適法に控訴趣意書に援用することの許されないものである。

そこで、新所は、法三八二条の二第一項、三八二条による主張として、原審で取調べを請求しなかつた証人古松嘉郎、同佐久間敏雄、同和泉勝利、同柳朝夫、同高橋章及び被告人の取調べを請求し、これらの証拠によつて証明することのできる事実を援用するという。そして、所論は、原審において右各証拠の取調べを請求しなかつた理由につき、次のように主張する。すなわち、(一)原審弁護人(当審弁護人と同一人であるから、以下、とくに区別せず、単に「弁護人」という。)は、原審当時から柳は本件土地が被告人らにおいて恩田を欺罔して売却を図ろうとしているものであると知りつつこれを買い受けたとの疑念を抱いており、弁論要旨第五項(記録第一冊四九丁)においてそのことを指摘していたのであるが、〈1〉共同被告人がこの点について積極的に争わなかつたため、被告人一人が強く主張しても、立証する確信が持てなかつたこと、〈2〉敢て犯罪者を増やす必要はないこと、〈3〉柳に対する詐欺罪が成立しないとすれば、恩田に対する詐欺が問題となる結果、最終的な結末は変りないと考えられたこと等によつて、敢てその主張を差し控えたものである(控訴趣意書第一の三項)。また、(二)被告人は、警察の取調べ段階では柳も共犯者である旨主張していたが、〈1〉柳が共犯であるとしても、今度は恩田に対する詐欺ということになり、被告人が犯罪行為を犯したことに変りはないこと(原審公判前に面接した弁護人も同様の説得をしている。)、〈2〉自らの利得金さえ弁償すれば、被告人は執行猶予となるであろうこと、〈3〉今回の検挙は、佐久間ら暴力団員の摘発が目的であること等を警察の担当取調官から説得され、それ以上論及することを止めたし、原審でも不満ながら敢てこの点を強く主張せず、却つて強い心理的抵抗を感じつつも共犯である柳に対する被害弁償に奔走したものである(控訴趣意補充書六項)。(三)ところが、原判決は、柳が本件共犯者の中から脱けた結果、「被告人は(中略)、その法律的実務的知識を利用して犯行全体の筋書を作り、和泉らに連絡して必要な書類などをととのえさせ、(中略)いわば本件犯行は被告人の加功なしでは遂行され得なかつたものとさえいうべく、犯行において重要な役割を果たした」旨、実際には柳が果たした役割を被告人がすべて取りしきつたかの如く認定し、被告人に対し重刑を科すに至つたので、はじめて目が覚め、当審において改めて真実を明らかにしたうえで審判を仰ぎたいとの意向で控訴に及んだ次第である(同補充書七項)、というのである。

しかし、証人佐久間敏雄、同和泉勝利は本件の共犯者であつて原裁判所に公判係属中(証人和泉勝利は被告人と併合審理中)であつたものであり、証人柳朝夫は本件被害者、同高橋章は警視庁刑事部捜査第四課所属の司法警察員であつて被告人の取調べを担当したものであり、被告人の訴訟追行上の主観的意図はともかく、いずれも原審において取調べを請求できたことが明らかであつて、法三八二条の二第三項後段所定のやむを得ない事由によつてその証拠の取調べを請求することができなかつた旨の疎明を欠くものというべきである。また、原判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状に関する点を除けば、被告人本人の取調べの請求についても、右と同様である。

次ぎに、証人古松嘉郎については、弁護人は、その氏名、住居が最近まで判明しなかつたので、原審において取調べを請求することができなかつたというのであるが、弁護人作成の証拠調請求書によれば、同証人は、株式会社東宝不動産が佐久間に交付した同社振出の約束手形の返還につき同人との交渉を依頼した者であつて、同証人によつて、株式会社東宝不動産と佐久間との間の話し合いを進める中で、本件土地売買に関し柳と佐久間が共謀している事実を確知していることを立証したいというのであり、ひつきよう、本件犯行とは別個の機会に柳又は佐久間から聞知した伝聞供述を求めるに帰し、かつ、その伝聞内容も定かでないものに過ぎず、後記のように、原判決挙示の関係証拠によつて原判示事実を優に肯認し得る本件にあつては、いまだ以て法三八二条の二第三項前段所定の明らかに判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることを信ずるに足りる事実の疎明があつたものということはできない。

原判決挙示の関係証拠を総合すれば、恩田亀吉は、かねてその所有にかかる原判示四筆の土地(総面積一二一八・四七平方メートル。但し、そのうち三郷市鷹野五丁目一二三番の土地五四六平方メートルは持分六三四分の二一六の共有)の一部約五〇坪を区切つて売却することを利起不動産こと高橋利廣に依頼していたが、なかなか買手が見つからず、そのことを正月用のお飾りを売りに来た顔馴染みの稲川会理事田口信一に話して売却斡旋方を依頼したことから、田口の若衆である上原博英(同会監事)や、同会に属する和泉勝利(同会監事)、佐久間敏雄(同会常任理事)らに順次その話が伝わり、右上原、和泉、佐久間らの間で、恩田が漢字の読み書きもできず、不動産取引に暗いことを奇貨とし、同人から全部の土地の関係書類を入手してその土地を売却してしまう話がまとまり、右佐久間において二〇年来の親交があり、かつ、不動産取引の実務に詳しい被告人にその話を持ちかけて協力を求め、かくて右四名の間に本件詐欺等の共謀が成立した経緯が明らかである。そして、関係証拠によれば、〈1〉被告人は、佐久間から売却先を捜すよう依頼されるや、株式会社東宝不動産の柳朝夫社長が利にさとく、儲け話にはすぐ乗つて来る割には軽率で調査が杜撰なところがあるのに目をつけ、本件土地を売り付けるのに恰好の人物として佐久間らに説明し、同人らに交渉方を一任されていること、〈2〉被告人らと柳との間では、本件四筆の土地につき、前記共有持分はおまけのような形で代金の計算に含めないこととし、残り約二〇三坪を坪当り三三万円の割合で計算した六七〇〇万円を全部の代金とすることで合意が成立したこと、〈3〉被告人らは、恩田と柳とが直接顔を合わせることがないよう細心の注意を払い、柳に対し、恩田はやくざで酒癖の悪い乱暴者でやくざ同士の借金で土地を売るのだなどと申し向け、現地を見に行つた際も外から見るだけで中に入らないように注意し、契約締結に際しても被告人の経営する株式会社三伸物産が中に入る形をとるように仕向け、更に三郷市役所において売買代金と登記関係書類の授受がなされた際にも、柳を一階ロビーに、恩田を二階の喫茶店に待機させ、被告人らが手分けして付き添い、代理役を演ずるなどして両名が顔を合わせることなく授受を済ませていること、〈4〉柳は、銀行融資を得るなどして代金六七〇〇万円(うち六五〇万円は本件土地に付されている根抵当権の登記抹消のため、一旦柳に返却された。)を完済しており、後日、恩田から本件土地につき処分禁止の仮処分がなされた際には、代金を完済しているのにどうしてかと驚いていることが認められ、これらの諸事情からすれば、本件各犯行当時、柳が被告人らにおいて恩田の土地を権限なく売却するものであることの情を知らなかつたことは明らかである。もし、柳が被告人らの共犯者であるとすれば、恩田に支払うべき約五〇坪分の代金は別として、その余は、本件土地を情を知らない第三者に売却し、売得金を入手した段階でこれを被告人らと分配すれば足りる理であり、被告人らとの間で売買代金額を約定したり、まして、転売の話も決まらないうちに銀行融資を得てまでこれを被告人らに完済すべき必要は認められない。

以上のとおり、弁護人が当審において取調べを請求する証拠(被告人質問のうち、原判決後の情状に関する部分を除く。)は、いずれも法三八二条の二第三項前段又は後段所定の疎明を欠くものであつて、採用の限りでなく、これらの証拠によつて証明することのできる事実を援用する論旨は、同条第一項、三八二条による控訴趣意として不適法である。

二  控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

原審記録及び当審における事実取調べの結果に現われた本件各犯行の罪質、動機、態様、騙取金額、共犯者間における被告人の地位、役割及び利得金額、被告人には原判示累犯となる前科のあること、その他諸般の事情を総合すれば、本件の犯情には軽視し難いものがあり、被害者側にも調査粗漏の落度のあること、自己の利得分の一部を弁償し、残額の支払約束をして被害者との間に一応の示談が成立していること、その他被告人の有利に斟酌し得る事情一切を考慮しても、本件が刑の執行猶予を相当とする事案であるとは認められず、検察官の懲役四年の求刑に対し被告人を懲役二年六月に処することとした原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるものということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

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